私はハッピーエンドが好きだ。
映画でも小説でも、ハッピーエンドで終わらせて欲しい。多少強引でもいい、全員幸せオールOKが良い。

若い頃はちょっと暗い映画が好きだった。北野武のdollsがとても好きだった。赤が綺麗な映画で、最後は切なく悲しかった。悲しい思いは長く続いて頭の中はしばらく悲しいモードになる、それが映画を見た醍醐味のようで好きだった。
湊かなえも好きだった。イヤミスの女王なんて言われているくらいだから、やっぱり暗かった。告白や母性が好きだった。
東野圭吾も好きだった。もちろん1番好きなのはベタ中のベタ、白夜行だ。あの分厚いハードカバーを1日で読み切った、夢中になった。なんとも後味の悪い話で、こちらもイヤミス。やはり映画と同じく頭の中の悲しいモードが続く感覚が好きだったのだ。

年をとったのかなんなのか理由はわからないが、その頭の中の悲しいモード、という感覚がとても重たく感じるようになった。おそらく社会人になってからだと思う。
状況として落ち込んでいられなくなったと言うのもあるのかもしれない、きっかけはわからないが…

暗そうな映画や小説は避けるようになった。「落ち込みそうだな」と思ったら自分から遠ざける。目に入れないことにした。
小説は赤川次郎ばかりになった。殺人事件なのに明るいし、猫が活躍するから現実的ではない。何にも頭を支配されないライトな小説が良いので、ピッタリだ。赤川次郎は怒るかもしれないが。

映画はほとんど見なくなった。元々恋愛ものは好きではないし、ホラーも好きじゃない、それに映画は暗いものが多い。映画館に全く行かなくなった。

その代わりテレビのサスペンスを見るようになった。科捜研の女や、捜査一課長、樋口顕、法医学教室の事件簿、1番渋いのは紅蓮次郎だろうか。内藤剛志や金田明夫にはだいぶお世話になっている。

サスペンスはむりくり終わる。1時間か、2時間でむりくりエンディングにいくのだ。前半にちょっと出てきた人が大体犯人だ。アリバイがないとか、恨みを持っていたとか、そんな人は犯人ではない。そういう人は死体を遺棄しただけだったりする。もう見なくてもわかるのだ。しかしこれが良い。最後は川を見ながらちょっと遺族が希望を見出して終わる。
このわかりやすさが良い。携帯をイジりながら見ていても、犯人がわかるのだから1番良い。感覚が老人に寄ってきている気がする。ドラマの見方も雑なのだ。

そしてこのまま行くとどうなるか知っている。そう、間違いなく時代劇にはまる。あんなにわかりやすいものはない。時代劇はもはや犯人は探さない、その工程すら面倒になるのだ。

このあとは高橋英樹にお世話になるのだろうか。
そのあとは…なんだろう?
知りたいような、知りたくないような…。